霊脈の大樹の精霊

SS013 霊脈の大樹

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 新月の夜、突然それは私の目の前に現れた。
 暗い夜空に溶け込むかのように黒い姿、赤く輝く目がこちらを見つめている。
 にぃっと笑ったのか、赤く輝く目が細まった。

「キヒヒ、お初にお目にかかりまする。大樹の精霊殿」

 私は無言でにらみ返す。
 なんというまがまがしい魔力をその身に宿しているのだろうか。

「どうか、ワタクシに精霊殿のお力を貸していただけないでしょうか?」

 私は静かに息を吐く。
 相手の魔力に怯んではだめだ。

『お断りよ。名前も名乗らぬ者に、力を貸すも何もない。
 私はこの地に根付き、守る者。お前のようなまがまがしい者に力を貸すことはない』

「これはこれは失礼いたしまいた。ワタクシの名は、シャーチックと申します。精霊殿を通して霊脈の力を融通していただきたいのです」

『もう一度いうけどお断りよ』

「残念ですな」

 とても残念とは思えない様子でシャーチックは首を左右に振った。

「素直に力を貸しておけばよかったと後悔しますよ」

 私は返答をせず、魔力をまとわせ刃のようになった数多の木の葉をシャーチックに向けて放った。

 シャーチックは焦る様子も見せず、逃げる様子もない。私の放った木の葉の刃が相手の体を切り刻んだ。

 そのはずだった。

 シャーチックはにいっと笑ったままこちらを見ている。

 私は木の葉の刃を蛇のように操り、何度も何度も相手に突撃をさせる。だけど、まったく手応えがない。

「気はすみましたか?」

『何が目的なの』

 私は相手をにらんだまま問いかける。

「ワタクシどもの崇める神を喚ぶために膨大な力が必要なのですよ」

『私があなたに力を貸すことはないわ』

「やれやれ。穏便に行きたかったのですが仕方ありませんな」

 シャーチックはそう言うと懐から真っ黒な玉を取り出した。その玉を頭上に掲げ、握りつぶす。握られた手からは真っ黒な煙が広がっていく。暗い夜空でも、まがまがしい魔力に満ちているので、黒い煙は私の目にははっきりと見える。

「この暗雲は生き物です。上空に留まり、この地、そして、この地に生きる者の力を吸い取って増えていくのです」

『そんなことは許さない!』

 私は怒りとともに、シャーチックと黒い煙に向かって魔法を打ち出す。シャーチックと黒い煙に直撃したように見えたが、相手には何の変化もない。いや、むしろ黒い煙は急速に広がっいっている。

「ハンパな魔法を打ち込んでも無駄ですよ。ハンパな魔法では、暗雲の力になるだけですからね」

 黒い煙は上空に上がる。
 シャーチックも上空に上がって行く。

「この暗雲が育ちきった時、ワタクシは再び精霊殿の前に現れましょう。その時には、精霊殿の助力なくともワタクシはこの地の霊脈の力を奪わせていただきます」

『ペラペラとしゃべって、私が何もしないと思っているの』

 シャーチックは、にぃっと愉快そうに顔を歪めた。

「いいえ、しっかりと抵抗してください。無駄な努力をしてください」

 シャーチックはそう言うなり、黒い煙、いえ、黒い雲の中に消えていった。

 私はその後、数回魔法を暗雲に向けて放つも暗雲には全く効果がない。むしろ、シャーチックの言っていた通り暗雲が大きくなった。

『どうすればいいの』

 私は暗雲を睨み独りごちた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 日々がすぎる。

 私の目の前で、暗雲は徐々に広がっていく。
 私は何もできずにただただ目の前の状況を見ているしかない。

 森に住む植物たちの生命が徐々に失われていく。
 霊脈の力があるとはいえ、このような状態が続けば……。

 何よりシャーチックが再び現れた時に私は霊脈をあの者から守ることができるのだろうか。なんとか手立てを考えるしかない。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 私は広がっていく暗雲をただ指をくわえて見ているしかできない。
 暗雲を睨んでいると、私の根元をうろちょろしている銀色の者がいる。

 何かを探しているのだろうか、そわそわしながらうろちょろしている。
 なんだろう、ガッカリしているのかしら、手をだらんとさせてふらふらし始めた。

 いけない。
 銀色の者に気を取られている場合じゃない。
 あの暗雲をどうすればいいのか考えないと。

 何か手があるはず。
 私が暗雲を睨んでいると、私の下からドンという音が聞こえた。
 銀色の者が倒れている。

 もしかして、私に登ってきていたの?
 まさか。

 霊脈の大樹である私には魔力が充ち満ちているから普通の者では触れることはできないはず。それなのに登ってきていたというの?

 そんなことありえ……るみたいね。
 普通によじよじとよじ登ってくる。
 銀色の人形だから、魔力に当てられる事がないのかしら。

 そんな事を考えていたら、私がいる枝まで登ってきた。
 何の為に? 私は別の枝へと移動する。

 銀色の人形は枝を抱えるようにして、私がいた場所へと進んで行く。
 前を見て、きょろきょろし始めた。

 あの銀色の人形には意思があるみたい。
 ならば、ここを離れるように伝えないと。
 でも、私の言葉は聞こえないでしょう。
 私は無駄と思いつつ声をかける。

『私の声は聞こえないでしょうけど、こんな高い枝の上で遊ぶと危ないわ。
 ケガをする前にはやく降りなさい』

 私の声に反応したかのように、銀色の人形はビクッとしてこちらを振り返った。

『? ひょっとして、あなた私が見えてるの?』

 銀色の人形は、首を傾げて、何かポーズをとろうとして落ちた。
 ……何がしたかったのかしら。

 私は地面まで移動する。
 落ちた銀色の人形に声をかける。

『大丈夫?』

 やはり銀色の人形は私の声が聞こえているらしい。
 私の声に応えるように頷いてきた。

『木の上に登るのは危ないから止めた方がいい。私の樹は大きいから』

 私が注意すると銀色の人形はしょんぼりしたあと、すぐにじたばたと動き出した。
 何がしたいのだろう。私は首を傾げる。

『あなたが何を伝えようとしているのかはわからないけれど、この地を早く離れた方がいい』

 銀色の人形は首を傾げながら、私を見てくる。
 私は続けて銀色の人形に説明をする。

『この地は今、闇に閉ざされつつあるの』

 銀色の人形が頷いた。
 どうやら私の言葉の意味は理解できるみたい。

『そのため、この地は植物も育たなくなる』

 銀色の人形が頷いた。
 何を考えているのかはわからない。
 けれど、私は暗雲をにらみ自分の考えを整理するためにも説明を続ける。

『あの黒い雲には魔法も効かないから晴らすことができない』

 銀色の人形から、キンと甲高い音が辺りに響く。

『ど、どうしたの? 突然』

 どうやら、銀色の人形が自分の胸を叩いたらしい。
 私の言葉を無視して、銀色の人形が空を見上げると暗雲の下に突然光が生み出された。

 巨大で力強い光は、暗雲に覆われたこの地に光を注いでいる。

 私がおどろいて空と銀色の人形を交互に見る。
 銀色の人形はなぜか、うんうんと頷いている。

 どういうこと?

『えっ、えっ、えっ? あれは、光魔法? 棒状って事はラインライト?
 えっ、でも、ラインライトって自分の近くを照らすくらいなんじゃ』

 私は、自分の知識の中から、光魔法について考える。
 私が知っている光魔法だと、光の棒状の魔法はラインライトくらいしか思い浮かばない。

 でも、あの空に浮かんでいるような巨大なラインライトは見たことがない。
 あれはラインライトなの?

 私の疑問に答えるように、銀色の人形は頷いた。
 もしかして、私が植物も育たなくなると言ったから、ラインライトを発生させたの?

『光があれば、植物は育つけど……えぇ?』

 私は目の前の光景に困惑しつつ、上空の巨大な棒状の光と銀色の人形を交互に見る。
 銀色の人形がこれはないわーって柄のポーチから、何かを取りだして、手を動かし始めた。何をしているのかしら。

 銀色の人形が胸を張って、ポーチから取り出した物を私に見せてきたけど、なんて書いてあるのだろう。

『これは、共通語かしら? 私は人の文字はあまり得意ではないのだけど。うーん、なんて書いてあるのかわからないわ』

 私がわからないことを伝えた。
 銀色の人形は同情しているような目で私を見てきた。
 そのあと、気にするなとばかりに首を振って取りだした物を変なポーチにしまった。

 ちょっと腹立たしい。

 私の言葉を理解したからか、銀色の人形は離れていった。
 それでいい。この地は闇に閉ざされつつあるから、離れられるなら離れた方がいい。

 私は空を見上げる。
 暗雲は消えていない。だけど、その下にある巨大な棒状の光が明るくこの地を照らしている。
 この光はいつまで続くのだろう。

 夜になると光は消えた。暗雲は徐々に拡がっている。
 私は霊脈の力をじっと蓄える。

 シャーチックが再び現れた際に一つの花を咲かせるために。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 次の日の朝が来た。
 暗雲に覆われたこの地に朝日は昇ってこない。

 そう思っていたら、暗雲の下に棒状の光、ラインライトが発生した。

 あの銀色の人形だろうか。
 しかし、ラインライトは昨日ほど大きくなく、力も無い。

『やはり、昨日ほどの大きなラインライトは作れないみたいね』

 私がそんな事を考えていると、ラインライトが徐々に太くなっていく。

『えっ?』

 しばらくするとラインライトが昨日と同じように力強く輝きだした。
 ひょっとして、朝だからラインライトの光を抑えてたの?

 夕方には、徐々にラインライトが細くなっていく。
 日が沈むのと同じくらいにラインライトが消えた。

 あの銀色の人形は間違いなく、太陽を意識してラインライトを使っているみたい。
 あの巨大な多くのラインライトを発動して、ずっと維持しておけるなんて。

 あの銀色の人形はおかしい。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 次の日からもラインライトは毎日輝き、この地を照らした。
 しかし、暗雲はどんどん広がっていく。

 でも、あのラインライトが発生するようになって、森に生きる植物の生命が力強さを取り戻した。まるで暗雲の影響を受けていないかのように。

 ラインライトって単なる棒状の光だと思っていたのだけれど、違ったのかしら。
 もしくは、あれはラインライトじゃないのかしら。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

『……な、なんなのよ。あの精霊の数……』

 私は目の前の光景が理解できない。

 銀色の人形の周りに、恐ろしい数の精霊が集まっている。
 銀色の人形が頷くと同時に、精霊達が上空へと登っていく。

 もしかして、精霊達があの暗雲に攻撃しようというの!?
 あの暗雲には半端な攻撃は通用しないわ!

 …………。

 ちがったみたい。
 ラインライトの色が変わっただけだわ。

 何がしたいの?
 ひょっとして、夕焼けを再現したの?

 うそよね。
 精霊達を夕焼けを再現するためだけに使うなんて、うそよね。

 翌朝、同じようにラインライトの色が変わった。
 精霊達を使ったのは、ラインライトの色を変えるためだけみたい。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 それから何日か経ち、恐れていた日が訪れた。

 私は空を睨む。

 黒い雲が渦を巻くようにゆっくりと動き出した。
 シャーチックが再び現れるのだろう。

 あのまがまがしい暗雲の力を全て取り込んだとしたら、どれほどの力を得ることになるのか。
 銀色の人形がわたしに近づいてくる。

『始まってしまった』

 私は不安を抑えるためにも、銀色の人形に語る。

『暗雲が一つに集まり、邪悪なる者が誕生してしまう』

 銀色の人形は首を傾げた。
 銀色の人形が空に向かって、手を掲げ、ラインライトを1つ動かした。
 ラインライトと触れた暗雲が消滅した。

『えっ!?』

 私は思わず、叫んでしまう。
 私が何度魔法を放っても、変化がなかった暗雲なのに。

 私が呆然としていると数多のラインライトが渦巻く暗雲をきれいさっぱり消してしまった。
 シャーチックの気配がない。

『うそ、消えた? 倒したというの?』

 よくわからない銀色の人形のおかげでシャーチックを退けることができたみたい。
 シャーチックを葬るために力を蓄えていたけれど必要なくなった。

 そうだ、銀色の人形にお礼として渡しましょう。
 霊脈の力を蓄えた木の実にして。

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