荒ぶるポーズ

ぬすっと物語19 アメ

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 おいらが廊下を歩いていると、前からおいらの卵をきれいにしてくれてた女の人が歩いてきた。

 何かぶつぶつと呟いている。
 何を一人でしゃべっているのだろう?
 おいらは女の人の後ろをてくてくとついていきながら、何を言っているのか聞いてみることにした。

「昨日のあれは何だったのかしら?
 私の見間違い?」

 昨日のあれ?
 なんのことを言ってるんだろ?

「絶対あれは聖なる獣様よね?
 私に手を振った後、卵の中に入っていったもの」

 聖なる獣?
 あれっておいらのこと?
 手を振ったらまずかったかな?

 あれ?
 でも、おいらの姿が見えてたってこと?

 おいらは見えなくなってたはずなんだけど。
 ここにいるとか思わないと姿は見えないはずなんだけど、どうしてだ?

 おいらは女の人の後ろを歩きながら、首を傾げた。

「卵に扉があるように見えたけれど、そんなものは近づいたらなかったもの。
 どういうことなのかしら」

 おいらは女の人の後ろを歩きながら、お腹をさする。
 動いたからか、おなかが空いた。

 ぐぅ〜。

 ほら、おいらのおなかも鳴いている。
 おいらはおなかをさすさすとさする。

 ぐぅ〜。

 おなかの袋の中にあるオレンジ色の野菜を食べる?
 でも、あまり美味しくない。

 どうしよう。

 ぐぅ〜。

 とん! いて、ぶつかった。

 !!?

 前を歩いてた女の人が立ち止まってた。
 気付かずにぶつかったみたいだ。

 女の人は目を大きく開けて、おいらを見てくる。

「……」

 女の人はおいらを見つめつつ、しゃがんだ。
 おいらはころりと後ろに転がり、女の人から距離をとる。

 女の人はまだおいらを見ている。

 この距離ではダメだ。
 おいらはさらにころりころりと二回転がり、さらに女の人から距離をとる。

 この女の人がいい人であっても、おいらを食べる可能性を否定できない。
 人は卵を食べる。
 卵を育てて、生まれてから食べる事もある。

 うん、おいらがそうじゃない確信が得られるまで、人に捕まってはあぶない。

 女の人がごそごそと服の中で何かを探している。
 何かを取り出す気かもしれない。

 おいらは警戒心を高める。
 おいらの中の野生の血がぎゅんぎゅんとうなってる!
 おいらは荒ぶるポーズをとり、女の人を警戒する。

 ぐぅ〜。
 おなか空いた。

 荒ぶるポーズをキープしつつ、おいらは左手でおなかをさする。

「おなかが空いてるの?」

 女の人がおいらに話しかけてきた。
 おなかが空いてるのと聞かれたら、当然おいらのおなかは空いている。

 こくりとおいらは頷く。

「今はアメしかないけど食べる?」

 女の人が紙に包まれた小さな玉を手の平にのせておいらに見せてきた。
 あめ? アメって食べ物?

「はい」

 女の人がアメとやらを手にのせたままおいらに近づけてきた。

 おいらはころりと後ろに転がり距離をとる。
 油断するな。アレでおいらを捕まえるかもしれないぞ。

 女の人においらの警戒が伝わったのか、小さな玉を包んでいた紙を広げて、その紙の上にアメを置き、おいらの前に置いた。

 女の人はちょっと下がった。

「甘くて美味しいよ」

 ぐぅ〜。
 甘くて美味しいらしい。

 おいらはアメという小さな玉と女の人を交互に見る。
 女の人は微笑みながらおいらを見ている。

 この女の人は、卵をきれいにしてくれてるいい人。
 アメってものをくれるらしい。

 ぐぅ〜。

 おいらはアメと女の人を交互に見る。
 もらっとく?

「甘くて美味しいから食べてみて」

 おいらは、さっとアメという小さな玉に近づき、アメを手に取った。
 そして、すぐさまアメをおなかの袋にしまう。

 ぐぅ〜。

 人に見えないところで食べないと!
 おいらは女の人から距離をとった。

「えっ、消えた? どこかに行ったの?」

 おいらは女の人にぺこりとお辞儀をして走って逃げる。

 物陰で食べたアメってやつは甘くて美味しかった。

 あの女の人の言ってたことは本当みたい。
 やっぱり、あの女の人はいい人だ。

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