リュウガ・武装双龍

001 鬼と武者

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 狐と別れた後、鬼はゆるりと東へと向かった。

 鬼の身からあふれ出る鬼気を感じとったのか、獣や鳥の気配は周囲には全くない。

 時折、自身の縄張りでは負けたことがない妖怪や霊獣が、縄張りに入った鬼に牙をむいた。しかし、鬼が殺気を込めてにらみつければ逃げ出していく。恐慌に陥り、鬼にそのまま襲いかかるモノもいたが、鬼が腕を一振りすればその生命は消え去った。

 鬼の前に立ちはだかるのは、妖魔だけではなかった。その地を治める領主ーーー武将と呼ばれる武者もいた。武将が鬼や妖魔を討ち取るのは、自身の名声を高めるだけではなく、運が良ければ討ち取った相手の力を取り込むことができることがあるからだ。軍勢を率いて、鬼を包囲し、鬼の首を取ろうとした武将は、逆に鬼の糧になった。

「オレとの力の差もわからん愚物ほど、オレの前に立ち塞がる」

 鬼は面白くなさそうに呟き、手に持っていた武将の頭を握りつぶした。鬼の身体にほんのりと赤い光が降り注ぐ。それを見ていた軍勢の者どもは、何かを喚きながら、バラバラと逃げ散った。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 月の光がうすく地上を照らしている。
 鬼は川辺にある大きな岩の上で寝転んでいた。

「不死山に行く前に出会えたのか?」

 鬼はむくりと半身を起こし、対岸に一人で佇む武者に目をやった。

「オレの探している者であるようで、違うようでもある」

 対岸に佇む武者は刀を引き抜き、【武装】を纏った。深紅の甲冑が武者の身を包む。
 武者が軽く刀を振るう。

 対岸にいた武者はいつのまにか鬼の目の前に移り、刀を鬼の顔へと突きこまんとした。刀の切っ先が鬼の顔に届く寸前で、鬼は武者の刀を左手の人差し指と中指ではさみこんで止めた。

「ほう、【武装】を使えるのか」

 鬼は動じることもなく、武者を見やり、うれしげに笑う。

「ちっ、化け物め」

 武者は舌打ちを打つ。鬼が刀を挟み込んだ指から力を抜くと、武者は即座に岩を蹴り、鬼から距離をとった。

「お前みたいな若武者が【武装】を使えるのは誇ってよい」

 鬼は岩の上に立ち上がると、武者を見下ろした。

「今の一撃で終いか? それならば、オレの探している者じゃないから行っていいぞ」

 深紅の甲冑に身を包んだ武者は、もう一本の刀を引き抜き、再び【武装】を纏った。
 深紅一色だった甲冑の上に、黒い龍の装飾が施され、顔全体を黒い面が覆う。

 鬼が驚きに目を見開いた。
 武者は双刀に霊力を込めると刀はそれぞれ紅と黒に光輝く。武者は雄叫びを上げながら、鬼に対して斬撃を十文字に放った。

 鬼は両腕を顔の前で交差させ防御する。
 しかし、紅と黒の斬撃は防御をもろともせず、鬼を呑み込み、大地をえぐり、森を切り裂いた。轟音が収まり、土煙が舞う中で武者は肩で息をする。

 武者が持つ双刀からは、霊力の光は消え去っている。
 土煙の中から、カカカッと鬼の笑い声が響いた。

「武装を重ねるとは見事だ! そのようなものを見たのは初めてよ。名乗るがいい。オレの敵として認めてやろう」

「リュウガ。コクシンリュウガだ。鬼よ、お前も名があるのか?」

「オレの名はシュテン。人間には絶鬼と呼ばれている」

 武者の目が黒い面の奥で見開かれる。

「シュテン……。都の霊峰にいると言われる鬼神か」

 シュテンは、衣の土埃を叩いて落とし、リュウガへと近づいていく。
 シュテンは抑えていた鬼気を解き放ち、研ぎ澄ます。赤い鬼気がシュテンの身を薄く覆う。

「さぁ、戦おう」

 シュテンの拳がリュウガへと迫り、リュウガの双刀がシュテンを襲う。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 シュテンは月を見上げている。
 リュウガも同じく月を見上げている。

 ただし、両者の姿勢には大きな違いがあった。

 シュテンは両足で立ち、腰に手を当てて月を見上げているのに対し、リュウガは地面に大の字で倒れて月を見上げていた。

 シュテンはリュウガに近づき、見下ろした。

「まぁまぁだった。だが、まだまだだな」

 リュウガの黒い面は割れ、顔の左半分があらわになっている。
 リュウガはキッとシュテンをにらみつけた。

 シュテンはカカッと笑い、リュウガに背を向けて、東に向けて歩き出す。

「それだけにらめるなら、次はもう少しできるようになるだろう」
 リュウガは、上半身を起こすこともできず、顔だけシュテンの声が聞こえた方に向けた。かすれがすれにリュウガは声を振り絞る。

「今、オレに……、トドメをさして置かないと後悔する……ぞ」

 シュテンは歩みを止めて、カカカと笑った。

「後悔か、おもしろい! せいぜい次はオレに血を流させてみな」

 ごふっと血にむせつつ、リュウガはシュテンをにらみつける。

「東に……行くのか。なぜ……だ」

「オレを倒せる武者がいるかもしれないからな」

 リュウガが声もなく笑った。

「たしかに……東に一人……いるな」

「ほぅ、知っているのか」

「今は国無しよ。ヤツは甘い。が、闘うならば、恐ろしかろう」

 シュテンは口の端を上げて、うれしそうに笑う。

「そいつの名は?」

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 その後、東に向かったシュテンの足取りはぱたりと消えた。

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