和尚

002 少年と和尚

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小高い丘の上に立てられた寺へと向かう道を二人の少年が歩いていた。
一人は右の目を覆うように包帯を顔に巻いている。その少年の後ろをついていくのは大柄な少年だ。厳しい顔をして前を行く少年の背を睨んでいる。

顔に包帯を巻いている少年は、背後からの視線を感じて、苦笑をしつつも歩みを止めることはない。

「そう、睨んでくれるなよ。お前が怒気をまき散らしているから、鳥の鳴き声がひとつも聞こえない」

「若が一人で出て行ってケガを負ってきたのが悪い。いつもならオレも連れて行ってくれるのに、一人で行ったあげく、ケガを負われて帰ってこられたのだ。オレが怒るのは当たり前だ」

「だから、悪かったと謝ったではないか」

後ろを歩く大柄な少年は、フンと鼻を鳴らした。

「若は口では謝っておるが、全然悪いと思っていない」

「もう寺に着くから、そろそろ怒りを収めろよ」

二人の少年は、寺の門をくぐった。

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

顔に包帯を巻いた少年だけが、和尚の前に通された。
和尚と向かいあう形で座った少年の前に、小姓が茶を出して下がっていった。

和尚は、少年の顔にまかれた包帯を見て問いかける。

「右目が潰れたのか?」

少年は静かに首を左右に振った。

「いえ、潰れてはおりません。が、鬼の怨念を受けてしまいました」

「鬼か……。都から近づいて来ていた鬼気が最近消えたが、おぬしが討ったのか?」

「ええ、西でリュウガ殿と闘った後のようでしたから、なんとか討つことが出来ました」

和尚は、糸のように細い目をうっすらと開き、目の前の少年の顔を見つめた。和尚は一口茶をすすり、さらに言葉を続けた。

「まぁ、おぬしがそういうなら、そういうことにしておこうかの。その包帯は外せるか?」

「いえ、ここでは外さない方がいいでしょう。鬼気がもれます」

「そうか、近々、御館様の息子が元服される。おそらく、おぬしも呼び出されよう。それまでには、眼帯でも作っておいた方がよい。包帯のままでは阿呆共が騒ぎよる」

少年は眉をひそめた。

「和尚、そのようなことを言っては……」

「鬼が近づいていたことにも気づかぬ者達じゃ。阿呆に阿呆と言って悪いことなどない。おぬしが人質として送られて来てから、5年ほどか……月日が経つのは早いものよな」

少年は庭先を目をやり、故郷に想いをはせるかのように目を少し細めた。

「口さがない者は、おぬしのことを国無しとあざけっておると聞く」

少年は苦笑しつつ、和尚に視線を戻す。

「5年、ですからね。父上の健康が優れぬとあって、代官が御館様から派遣されてからの年月でもあります。国無しと言われてもしかたないでしょう」

「それをおぬしの年齢で淡々と言うことが出来ることが恐ろしい」

「和尚からは、様々なことを学ばせていただきました」

「ふはは、皮肉なモノよな。人質に送られて来た少年がワシの教えを一番しっかりと学んでくれた」

和尚は、黙り、静かに少年の目を見つめる。

「おぬしの行く末を見られぬのが心残りではあるが、これでおぬしと会うのは最後となろう。ワシの生命ももう長くはない」

少年は、和尚の言葉を肯定も否定もせず、ただただ静かに聞いていた。

「最後に一つだけ、頼みがある。おぬしにとっては、あまり良い記憶は無かろうが、御館の血筋を絶やさないようにだけしてもらえぬだろうか」

「それが和尚の頼みとあらば、承りました」

「感謝する」

「いえ、私の方こそ、今までありがとうございました」

少年はしばらく頭を下げ続け、和尚の前を辞した。

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

寺から出た二人の少年が並んで歩いている。

「若、今日はいつもより帰るのが早かったですな」

「ああ、和尚からは以前、もう教えることはないと言われている。今日は挨拶にうかがっただけだ」

「その包帯を見られたら、和尚様からも若にお叱りがあったでしょう?」

探るように大柄の少年が、顔に包帯を巻いた少年に問いかける。

「いや、ない。怒っているのはお前くらいだ」

「そんな。和尚様も、がつんと若に言ってくださればいいものを。オレが言っても聞いてくださらぬのだから」

ショックを受けたように立ち止まった大柄の少年を横目に少年はすたすたと歩いて行く。
しばらくすると大柄の少年は我に返ったのか、「お待ちください」と叫び、前を歩く少年を追いかけて走り出した。

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