とべないとり

とべないとり

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 とある病院の一室。

 窓際にあるベッドの上で、一人の男が雲一つない青い空を見上げていた。
 遮るもののない空を自由に飛び回る鳥を見つめて目を細めた。

 男は自分の左腕をゆっくりと目の前にかざした。
 目の前にある自分のやせ細った指と点滴のチューブにつながれた腕を見て、もう自分の命は長くはないのだなと思い、大きく息を吐いた。

 再び窓の外に目をやり、空高く飛ぶ鳥を見た。

「あぁ、オレも鳥のように自由に生きたかったな」

 男はベッドのシーツを握りしめる。
 力を精一杯入れているつもりでも、その手は弱々しい。

「もっと、強かったらな」

 男はベッドの横のテーブルに積み上げられた本に目をやった。

「色々なことを知りたかった」

 男は本の上にあるスマホを見て、目をつむった。

「どうして、あんな無駄な時間を……」

 男の目尻に涙が溜まり、顔の横を流れ落ちた。
 男はそのまま眠りにつき、やがて静かに息を引き取った。

 ◆ ◆ ◆

「はー、忙しい、忙しい」

 ばたばたと大きな足音を立てながら慌ただしく駆けまわる者がいた。
 その者は大きな籠に入った光る粒を大きな鍋に入れると、火をつけてかき混ぜる。それを延々と繰り返していた。

 数が多くて、終わりの見えない作業にその者はいらいらがつのっていた。

「まったく、もう!
 あの星はどうしてあんなに人が増えたのよ。
 消さなきゃいけない記憶を持った生命が増え過ぎなのよ!」

 ぐるぐると木の棒で鍋の中身をかき混ぜながら、愚痴をこぼす。
 いらいらしているために、かき混ぜる作業も雑になる。

「記憶を消さなかったら魂の輪廻に影響が出るからって、こんなに増えたらもっと作業者を増やして欲しいのよ」

 籠の中の小さな光る粒を鍋に入れては、火をつけてかき混ぜる。
 そのいつ終わるともわからない単純作業に、とうとうその者は苛立ちを爆発させた。

「うがー!
 なんで紅組が勝ちなのよ!
 おかしいのよ!」

 大声で叫びながらかき混ぜたことで、いくつかの光る粒が鍋の外に飛び散った。
 光る粒は飛び散ったことに気づかれることなく、そのまま宙に落ちていく。

 ◆ ◆ ◆

「おい、大丈夫か?」

 ん? 誰かが呼んでいる?

「しっかりしろ、すぐにできるからな」

 なんだ? 何ができるんだ?
 ぱちぱちとたき火のはぜるような音が近くから聞こえてくる。
 目を開こうと思ってもなかなか目を開くことが出来ない。オレは夢の中にいるのだろうか?

 オレは、開け、開けと思いながら、ゆっくりと目をあけた。
 すると目の前に精悍な顔をした外人の男がいて、オレは男と目が合った。
 オレは仰向けに寝ていたのだろうか、男の顔の後ろには星がきらめく夜空が広がっていた。

 オレは男に声をかける。

「ぐあ?」
{あんたはだれだ?}

 男は驚いたような顔をして少しオレから離れた。

「なっ、まだ生きていたのか!?」

 生きていただと?
 確かにオレはもうすぐ死にそうだが、まだ死んではいないぞ!

「ぐあ!」
{勝手に殺すな!}

 オレは文句を言いながら、キッと鋭く男をにらみつける。
 にらみつけて思ったが、この男、かなり大きい気がする。気のせいか?
 怒鳴ったのはまずかったか?

「くそ、やはりさばいてから焼けばよかった。
 刃が通らないから丸焼きにしようとしたのは失敗だったか!」

 男はそういうなり、立ち上がると大きなナイフを手に取り、オレの方に近づいてくる。
 な、な、ななっ、なんだ!?

 なんてデカイ男なんだ!? 立ち上がっただけでめっちゃ大きいぞ、この男!
 それにあのナイフ、オレを殺そうとしてるのか!?
 怒鳴ったからって、それはないだろ!?

 オレは男から離れようとするが身体が動かない。
 やはりオレの身体はもう自由に動かすことが出来ないのか。
 じたばたともがこうとしても何かに縛られているかのように、その場から動くことが出来ない。

 唯一動く首だけを左右に動かし、男に向かって叫ぶ。

「ぐあ! ぐあ!」
{やめろ! 近づくな!}

 男のナイフを持っていない手がオレの方へと伸びてくる。
 オレはこんなところで殺されるのか!?
 近づいてくる男の手とナイフに恐怖し、オレは頭を大きく動かし、激しく叫ぶ。

「ぐあ! ぐあ! ぐあああ!」
{やめろ! やめろ! やめろぉお!}

 オレの叫び声を聞いても、男は「やかましいヤツだ」と、さも当然のようにナイフを近づけてくる。
 あぁああああああ、怖い、死にたくない、怖い、死にたくない。

 オレはみっともなく涙を流しながら、動かない身体を必死に動かそうと必死にもがいた。
 そんな時に男よりさらに離れたところから、女の声がした。

「あなた、ちょっとかわいそうよ」

「ぐあ?」
{なんだ?}

 オレは涙を流しながら女の声がした方向を見た。男の後ろから、男と同じくらい大きい女が現れた。
 こ、この女も男と同じように大きい。オレは恐怖で身を震わせながら、女にすがるような目を向けた。きれいな女がオレの方を見ながら近づいてくる。

 女は男の肩にそっと手をやり、オレに向かって微笑んだ。

「その鳥さんを食べるのはやめておきましょう」、と。

「ぐ、あ?」
{えっ、鳥?}

 オレは女の言葉に疑問を抱きつつ、首を体の方に向けた。
 そこには太い木の棒に紐くくりつけられた黒い平べったい板のようなものがあった。さらにそのまま視線を動かしていくと黄色い鳥の足も太い木の棒にくくりつけられている。

 ……なんか、まるで鳥を焼いているような恰好だな。
 身体を動かして見ると、それにあわせて木の棒にくくりつけられた鳥の足もぴくぴくと動く。

 ん?

 オレは疑問に思い、手を動かすと、棒にくくりつけられている黒い板のようなものがぴくぴくと動く。

 えっ!?

 足を動かして見ると、鳥の足がぴくぴくと動く。
 手を動かすと、黒い板のようなものがぴくぴくと動く。

 えっ!?
 どういうこと!?
 オレが鳥? オレは鳥? えっ? ええ!?

 ぱちぱちと聞こえてくるたき火の音の方を見るために、首をおそるおそる回してみる。
 すると炎がオレの下側で燃えさかっているではないか!?

 えっ!?
 えぇ!?

 オレは状況が把握出来ずにじたばたともがく。

「ぐあ!」
{あっつ!}

 オレは必死に火から逃げようと身体を動かすも、まったく動けない。

「ぐあ! ぐあ!」
{あつい! あつい!}

 焼かれるよ! 焼かれてしまうよ!
 オレは焼かれてしまうという恐怖によってパニックに陥ってしまった。そんな状況を見かねたのか、女が木の棒をに手を伸ばしてくる。

「ほら、あなたそっちを持って。鳥さんを火から下ろしてあげましょ。あ、あつっ!」

 女は木の棒を持ち上げようとして、火の粉が飛んだのかバッと手を離して後ずさった。
 男は女を心配するかのように女に駆け寄る。

 するとどうだ!
 オレの身体はたき火の中に真っ逆さまだ!

「ぐぁ! ぐあああ!」
{ぎゃああああ! あっつい!}

 オレは炎の中から逃れようと必死に動き回るが木の棒にくくりつけられているからか、逃げ出せない。

「ぐああああ!」
{あついぃいい!}

 もがけど、もがけど、炎で身体が焼けているからか、痛みも感じない!
 焼かれすぎたからか、熱さもわからなくなった。あぁ、オレはもうダメだと思い、ゆっくりと目を閉じた。

 ◆ ◆ ◆

 ……しばらくそのまま横たわっていると、木に鳥の足をくくりつけていた紐が焼け切れたのか、足を大きく開くことができた。足を動かして見ると、自由に動く。

「ぐあ?」
{どういうことだ?}

 オレはむくりと起き上がる。
 オレは、いや、オレなのかはわからないが鳥が炎の中に座っている。

「ぐあ? ぐあ? ぐあ?」
{熱くない? やけてない? どういうことだ?}

 オレはおそるおそる炎の中で立ち上がり、たき火の中から抜け出した。
 木にくくりつけられていた黒い板のようなものはどうやら翼のようだ。こちらも、紐が焼かれたために、手を動かすことであっさりと木の棒から外すことが出来た。

 オレは両手と両足が自由になったことにうれしくなる。
 そして、自分の身体に痛みがないことを不思議に思い、きょろきょろ自分の身体を確かめた。

 右足を上げると、鳥の右足が上がった。
 右手を握りしめると、右の鳥の翼がぐっと丸まった。
 左足を上げると、鳥の左足が上がった。
 左手でほおを叩くと固いモノに当たる。なんだこれは?
 オレは慌てて、右手と左手で顔を触ると固い尖ったモノがある。ぺたぺたと触る。

 こ、これは、くちばしなのでは。

 オレはくちばしを両手で持ったままがっくりと首を垂れたのだった。

 ◆ ◆ ◆

 オレは男と女と一緒にたき火を囲む。
 男もナイフをしまい、オレに危害を加える様子はなくなったのが、すぐに捕まらないように男とはたき火をはさんで反対の位置になるように陣取っている。

 それにしても、何故オレは鳥なのだろう?
 いや、オレはもともと鳥なのか?
 というか、オレは誰なのだろう? オレは、病院でもうすぐ死ぬ……わからない。オレはオレが何者なのか、わからない。

「ぐあ……」
{どうしたらいいんだ}

 オレがたき火を見ながら、途方に暮れているとそっと木の器が目の前に出された。

「はい、鳥さん。
 お水でも飲んで」

 女から木の器を受け取り、水を飲もうとする。
 しかし、木の器は空っぽだ。オレは空の器と女の顔を交互に見る。

「ぐあ?」
{嫌がらせか?}

 オレは困ったように女の方を見ていると、女が何かを呟いた。
 すると木の器の上に水の塊が浮かんでいるではないか! びっくりしていると、水の塊が木の器の中に落ちて、器が満たされた。

「ふふふ、魔法よ。驚いた?」

 オレはぶんぶんと首を縦に振る。
 魔法ってよくわからないがすごいことが出来るのだな。

 オレは木の器の中にくちばしを入れて、ごくごくと水を飲む。

「ぐあ」
{塩味が足りない}

「あら、お礼を言ってくれているのね。どういたしまして」

 どうやら、オレの言葉は通じないらしい。
 オレは器の中の水に映る顔を見て、どんよりとした気持ちなる。

「ぐあ」
{ペンギン}

 そこには一羽のペンギンが映っていたからだ。

 ◆ ◆ ◆

 オレは男と女と一緒の馬車に乗り、道を進んでいく。

「ぐあ」
{魚が食いたい}

 精神は肉体に引き摺られるのだろうか。
 オレは無性に魚が食べたくなっていた。

「鳥さん、もうすぐ村に着くわよ」

 女が微笑みながら話しかけてくる。
 オレは頷きながら、返事をした。

「ぐあ」
{魚が食いたい}

 しばらくすると村が見えてきた。

 ◆ ◆ ◆

 男と女はどうやら隣の町まで食料や塩を買いに行ってきたらしい。
 この村は粗末な小さい家が多い。男と女は村人たちに出迎えられ、馬車から荷物を下ろしていく。

 オレも馬車から飛び降りると近くにいた村人が驚いたような声をあげた。

「なっ、なんだ!? 魔物が馬車から出てきたぞ!」

「おい、みんな離れろ! 危ないぞ」

 どうやらオレは魔物と間違われているようだ。
 オレは魔物ではないと必死で手を振り、違うことをアピールするも村人たちの緊張はまったく解けない。

 そんなオレと村人達を笑いながら、女が声をかけてきた。

「あはは、その鳥さんは魔物じゃないわよ。
 道端で倒れてたから、昨日の晩ご飯にしようとしたんだけど、刃物も通らなかったし、火でも焼けなかったのよ」

 オレはぎょっとしながら女の方を見る。
 やっぱり、こいつらはオレを食べようとしていたのか!?

 女の言葉に村人達は安心したのか、馬車からの荷下ろしを再開した。
 村人達の緊張は解けたが、オレの緊張は高まった。

 ◆ ◆ ◆

「ぐあ」
{魚が食べたい}

 オレは鹿のような獣の肉を食べながら、魚に思いを寄せる。
 最初オレは井戸の横に桶を用意してもらい、井戸から水をくんですごそうとしていた。
 しかし、オレは女が魔法で水を出していたのを思い出し、オレも魔法で水を出してみようと唱えてみる。

「ぐあ」
{魚が食べたい}

 すると鰯のような魚が桶の上に現れた! そして、魚は桶の中に入る。
 な、なんということだ! 水を出そうとしたのに、魚が現れるとは!?

 オレは魚を両手で掴み、頭から丸呑みにする。

「ぐあ!」
{魚だ!}

 オレは思わず両手を上げて、大声で叫んだ!

 ◆ ◆ ◆

 どうやら魚が出てきたのは、オレが呪文を間違えていたからのようだ。
 無意識のうちに魚が食いたいと言っていたようだ。

「ぐあ」
{水}

 その証拠に、水と唱えれば水が出る。
 オレは桶に溜まった水をざばっと流す。

「ぐあ」
{お湯}

 お湯と唱えれば、お湯が出る。
 オレは桶にお湯をためて、そっと中に入る。
 ふー、良いお湯だ。

 ◆ ◆ ◆

 魔法でいつでも魚を食べることができるようになったオレは村の中をマイ桶をかぶって歩いている。

 この村は貧しい村のようだ。
 獣を狩ったり、村の薬師のばあさんが作る薬を町に持って行って、麦などの食料と塩を手に入れてきているらしい。

 森を切り開いて畑を作ろうとしているようだが、まだそんなに広くはない。
 オレは桶にお湯をはり、その中に浸かりながら村人が森を切り開いていく様子を見守っていた。

「ぐあ」
{魚が食べたい}

 オレが魔法を唱えると魚が目の前に現れる。
 オレはそのままぱくっと丸呑みにする。

 オレ、ペンギンになって味わって食べてないな……。
 オレは桶の中でお湯に浸かりながら、晩ご飯に何を食べようかと考え始めた。

 ◆ ◆ ◆

 オレがこの村でブラブラしながら、何ヶ月か経った。

 なんだろう、村の中の雰囲気が慌ただしい。
 やるせないような、哀しいような、悔しいような雰囲気に包まれている。
 薬師のばあさんの家に村人が集まっている。何かあるのだろうか?

 ばあさんの家の入り口には人があふれていて、中を覗くことができない。
 オレは窓に近づき、ジャンプしてみるが、窓が高くて中がのぞけない。

 しかし、オレは慌てない。
 なぜならば、オレは鳥。

 空を自由に飛べる鳥なのだ。
 ひょっとしたら、空を自由に飛びたいと思っていたから、鳥になったのかもな。

 オレは両手をバタバタと羽ばたかせる。
 オレは両足でジャンプする。

 ばたばた。トン。
 ばたばた。トン。ばたばた。トン。
 ばたばた。トン。ばたばた。トン。ばたばた。トン。

 ダメだ。オレは鳥でも、ペンギンなんだ。

 翼があってもオレには空が飛べないんだ!

 オレは自分の無力さにうちひしがれて、地面をぺたぺたと叩いた。

 ◆ ◆ ◆

 飛べないのは仕方がない。
 仕方がないのでそのあたりにある薪を集めて、窓辺に階段のように積み上げていく。

 たとえ、飛べなくても、窓の中を覗くくらいオレには造作もない。

 オレはよいしょ、よいしょと薪の階段を上っていく。
 真ん中まで登ったところでぐらぐらとなり、薪の階段が崩れた。
 がしゃと大きな音を立てて、オレも地面に叩き付けられる。

「ぐああ」
{あいたたた}

 痛くはない。
 だけど、いたたと言ってしまう。そんな自分が哀しい。
 オレは気を取り直して、今度は崩れないように慎重に薪を積み上げていく。

 三十分ほどかけて、なんとか薪で階段をくみ上げた。

「ぐあ!」
{完成だ!}

 オレは両手を振り上げて階段の完成を喜ぶ。
 薪の階段が見える位置に桶を置いて、魔法でお湯をいれ、お風呂に入ることにした。

「ぐぁああああ」
{仕事を終えた後のお風呂は気持ちがいい}

 ◆ ◆ ◆

 桶の脇に顔をのせて、積み上げた薪の階段を眺める。
 下の方の薪の組み方がポイントだ。できるだけ安定するように同じ大きさの薪を集めたかいがあった。

 薪を見ていてふと思いついたことがある。

「ぐあ」
{土よ}

 魔法を唱えると、ちょきちょきと地面が盛り上がった。

「!?」
{!?}

 オレは驚き目を見開きながら、桶の中で立ち上がる。

「ぐあ! ぐあ! ぐあ!」
{土よ! 土よ! 土よ!}

 オレは連続で魔法を唱える。
 するとなんということだ!
 薪の階段よりも見事な土の階段が出来てしまったではないか!

「ぐあぁ」
{なんてこった}

 オレは魔法のすごさを目の当たりにし、桶のお湯に沈み込んだ。

 ◆ ◆ ◆

 魔法。
 なんて不思議な力なのだろう。理屈はさっぱりわからないが、世の中には不思議なことがあるものだ。

 オレは桶の中の湯に浸かりながら、青い空を見上げた。
 ああ、良いお湯だ。

 オレがのんびりとお湯に浸かっていると薬師のばあさんの家に向かって、息を切らしながら二人の男が走ってくる。ばあさんの家で何かあったのか?

 はっ!?
 オレは、お湯に浸かっている場合じゃないことに今更ながらに気づいた。
 鳥になってから、集中力がなくなったというか、物忘れがひどくなった気がする。

 オレは桶のお湯をそのままに、土の階段を登り窓の中を覗き込む。
 ばあさんの家の中には、村の子供三人が横になって寝かされている。

 ばあさんが死にかけているのかと思ったが、どうやら違ったようだ。

「先生!
 子供達の熱が下がらないのです!
 ばあさまの薬を飲ませても効き目がないんです!」

「そうなのじゃ。
 ワシの薬でも効果がない。あとは回復魔法を試すくらいしかないんじゃ。
 すまんが、回復魔法を頼めるか?」

 ばあさんの家にやってきた男は、回復魔法とやらを使えるのか。
 しかし、子供の様子を見ながらも男の表情は厳しいままだ。

「薬師殿の薬で効果がないとなると、私の回復魔法でも効果があるかはわかりませんぞ」

「うむ、それでもかまわぬから、回復魔法を試してくれ」

「わかりました」

 男が子供に両手をかざし何かを唱えると、男の両手がかすかに光り出す。
 少し子供の表情が和らいだかと思ったのも束の間、すぐに子供は苦しそうな表情になった。

 回復魔法を使った男はばあさんの方を向き、首を左右に振った。

「すみません。私では力になれません。
 王都にいる大神官様ならばなんとかできるかもしれませんが……」

 ばあさんの家の中が重苦しい沈黙に包まれた。
 男は力になれず申し訳ないと言いながら、ばあさんの家から出て行った。

「ばあさま……こ、この子達は助からないのでしょうか?」

 三人の真ん中に寝かされている子供の母親が薬師のばあさんに近づいて尋ねている。

「この様子では、もってあと、一晩か、二晩じゃ。
 薬でも魔法でも無理では手の施しようがない……」

 母親は目に涙を浮かべ、うっ、うっと声にならない泣き声をあげた。
 オレはただただ窓の隙間から苦しそうにうめいている子供達を見ていることしかできなかった。

 ◆ ◆ ◆

 いつしか、日も暮れ、子供達の両親と薬師のばあさん以外の村人は各々の家に戻っていった。

 ばあさんの家は、重苦しい雰囲気に包まれている。
 母親たちは涙をこらえながら、子供達の額の上に置いている布をこまめに水で濡らして取り替えている。

 オレはばあさんの家の中にそっと入る。
 ばあさんがオレに気づき話しかけてくる。

「黒鳥か? 勝手に入ってきてはならんぞ」

 ばあさんがオレを外に出そうとするので、両手をばあさんの方に向けて魔法を唱える。

「ぐあ」
{治れ}

 するとオレの両手がキラキラとまばゆいばかりに輝く。
 ばあさんが驚いたように目を見開いた。

「く、黒鳥は、か、回復魔法を使えるというのか!?」

 オレは頷き、子供達の方に近づいていく。

「鳥さん?」

 子供達の親たちもオレに気が付き、子供の横からそっと離れた。
 オレは三人の中でも一番小さい子供に近づいて、両手をかざし、魔法を唱えた。

「ぐあ」
{治れ}

 オレの両手がキラキラとまばゆく輝き、子供の身体全体を優しく温かい光が包み込んだ。

 回復魔法をかけてもすぐに苦しくなるかもしれない。
 だが、少しでも苦しみが和らぐならオレは回復魔法をかけ続けよう。

 この子供達のおかげでオレはMy桶を手に入れることができたのだ。
 桶の恩を返すのは今をおいて他にはない。

 何より、鬼ごっこでまだオレが鬼なんだ!
 オレは誰かに鬼をなすりつけなくてはいけないんだ!

 オレはキリッと表情を引き締め、真ん中に寝ている子供にも回復魔法をかける。

「ぐあ」
{治れ}

 オレの両手がキラキラとまばゆく輝き、先ほどと同じように子供の身体全体を優しく温かい光が包み込む。ばあさんがこちらを見ながら「おぉ……」と呟いている。

 最後の子供にも回復魔法をかけ、最初に回復魔法をかけた子供に再び回復魔法をかけようと振り返ると、子供は身体を起こし、母親に抱きしめられていた。

 あれ?
 治ったの?

 オレは最後に回復魔法をかけた子供の方を向くと、こっちの子供も目を開けて、「おかあさん」と呟いている。母親が子供を抱きしめ、「よかった、よかった」と泣いていた。

 何度も回復魔法をかける必要があるのかと思っていたけど、そんな必要はなかったようだ。
 オレはそっとばあさんの家から出て行った。

 すると薬師のばあさんも家の外に出てきて、「黒鳥よ!」と大きな声で呼びかけてくる。
 オレは何事かと思い、声のした方へと振り返った。

「ありがとう。おまえさんのおかげで子供達が助かった」

「ぐあ」
{どういたしまして}

 オレは右手を挙げて、ばあさんに応える。

 ◆ ◆ ◆

 子供達は前日死にかけていたのが、うそのように村の中を駆けまわっている。

 オレは走れど走れど、子供達に追いつけない。

 ……ちくしょう。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 どこから来たのかわからない一羽の黒い鳥が、とある村に住み着いた。
 その鳥はある時は村人達の病気を治し、ある時は魔獣の討伐をした。
 しかし、その鳥は大抵、村の中の日当たりの良い場所でお湯の張った桶を用意し、浸かっていることがほとんどであった。桶に入った黒い鳥が村の日常になったころ、黒い鳥は桶と共に消えてしまった。

 これは一羽の数奇な運命を辿るペンギンの物語である。